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陣屋のご案内

ここは失われつつある日本の自然が、現在も息づいています

豊かな樹木、広大な竹林天然の起伏を巧みに生かした庭園を擁す元湯・陣屋一歩、足を踏み入れれば、そこはもう、 別天地。静寂の中に聞こえるのは清らかに流れるせせらぎ、踏みしめる玉砂利の音。春には、満開の桜が館をかざり、夏は緑の高貴な香りが漂う。そして秋は紅葉と虫の音。また、雪景色を赤々と染める夕焼けの冬ここは失われつつある日本の自然が美しく息づいています。

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この地の歴史 history

この陣屋の地は鎌倉幕府の時、源頼朝の側近で四天王の一人と言われた侍所別当 和田義盛公の陣地でした。 侍所別当とは、現在の警視総監に当たる役職です。 一番西の砦である義盛公の陣地は、平塚の岡崎氏 真田神社のある真田氏と義盛公の従妹達が守っていました。 そして、「いざ鎌倉」と、頼朝の号令がかかるまで、畑を耕し、山に潜む猪や鹿を取り、食し、野山を駆け巡り体を鍛えておりました。

この地に陣屋を構えたのは豊かな温泉が
湧いていたことと、弓矢に使う矢竹が

豊富に取れた為と思われます。

和田一族は屈強のつわもの揃いで多くの手柄をたてており、小田原の北条氏に敗れるまでこの地を治めておりました。この近くの 西光寺には、和田家の墓もあります。(義盛公のものはありません)。
ロビー内の展示、玉兎の盃は和田義盛公と曽我兄弟がお酒を酌み交わした盃です。 曽我氏は現在の小田原にある曽我の梅林で知られる地に住んでおりました。

「いざ鎌倉」の時、馬に乗り半日で駆けつけたと言われております。

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丹沢山麓にあたる当地は沢山の湧水に恵まれており、昔から温泉が湧いておりました。 陣屋は大正7年、三井財閥の御寮(別荘)「平塚園」として始まりました。

鶴巻温泉イメージ

当時、平塚 大磯には政治家の別荘が数多くあり、政治の舞台裏として活発に活動していました。その為、三井財閥が平塚の奥座敷であり、温泉の湧く(鶴巻)和田義盛公の跡地に大切なお客様を接待する為に建てたのが始まりです。小田急線が引かれる前の事です。

平塚には海軍の火蒸廠があり、海軍の将校達が馬車で来館し、大正の初めから終戦まで続きました。大正の終わり頃から旅館として営業していましたが、戦時中軍に接収され、病院となり多くの兵隊が温泉に入り、傷を治しておりました。 「陣屋」として生まれ変わったのは、昭和になってからです。 当館にある「松風の間」は明治天皇が宿泊をするために黒田藩が大磯に建てたものを三井家が現在の場所に移築したものです。

その「松風の間」と一緒に「竹河の間」も移築されました。 当時、池の中の椎の木のまわりは馬車まわりになっており、「竹河の間」は玄関になっていた建物です。現在では大広間として改築されております。 そして、椎の木は何度も落雷を受け幹が折れたにも関わらず、現在も元気に生きています。

陣屋の歴史イメージ

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ご案内

案内

鶴巻温泉 元湯・陣屋の歴史を紹介します。 歴史有る1万坪の庭園ギャラリーを閲覧できます。

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対局のご案内

対局のご案内

松風の間では、数々の将棋・囲碁の名勝負が行わわております。 かの舞台となった陣屋事件についてもご紹介しております。

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歴史ある庭園を散策

歴史ある庭園を散策

あのトトロの監督が幼少時代に遊んだ思い出の森を散策できます。 監督の創った色々なオブジェがイメージできます。

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歴史が息づく陣屋の魅力

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